誕生死 喪中はがき
道を走っていると、写真屋さんに
喪中はがきの申し込みの幟を見かけました。
去年は、翼くんの喪中はがきを出すかどうかとても悩みました。
翼くんが産まれてくれたことは知ってもらいたい。
でもお空に還ってしまったことはまだ必要以上に言いたくないし知られたくない。
周りに言うことで、自分を掻き回されたり、感情を乱されたり、どんな風に見られるのかを気にして、当時の私は様々思いが複雑に絡み合っていました。
翼くんのことがあってから、3か月しか経っていなかったのでまだまだ暗闇の中。
また暗闇に潜り込むことになるのかな?
はがきを出すことはお空に還ってしまったという事実をまた掘り起こすことになるので、私の感情が乱れないかの心配と、事実とちゃんと向き合えるのか。自分の中で吞み込めれるのか?
ずっと心の中で葛藤しました。
ネットで探してもなかなか誕生死の喪中はがきの情報がなく、どうしたらよいものなのかと。
結論としては、
主人と家族と相談を重ね、悩みに悩んで
出すことにしました。
出さないことも考えたのですが、
主人も私も会社勤めだった事。
そしてもう一つは、もし出さなかったら、翼くんのことを知らない人が多いので通年通りみんなからは年賀状を送っていただけることになると思うのですが、その時に幸せそうな家族の写真や、例えば赤ちゃん産まれましたと報告を頂いた時に、それを心から祝福できる私で入られているのか?
そこを考えた時、恥ずかしいことなのですが、その時の私にはまだ受け入れられないと判断しました。
なので、そういった外界というか、周りからはシャットアウトし自分たちの心を守るためにも、出すことにしました。
一般的に喪中はがきは、
続柄・名前・年齢とご挨拶を書くようなのですが、
今回の場合、私はどう頑張っても続柄と年齢はどうしても書けなくて、
何かいい方法はないかと探していたら
喪中です。と言うご挨拶だけでもよい出し方を見つけたので、そうさせてもらいました。
さすがに続柄・年齢は書けなかった。
切なすぎて。
まだお空に還ってしまったことを認めたくなかったし、認めきれていなかった私。
事実を知らずに届いた相手も驚かせるのかなとか、何より噂になって騒がれたら嫌だという思いが一番強かった。
周りからの目を一番気にしていたのは私だったのだと思いました。
そして出すタイミング。
会社の人同士が話したりしないタイミングの休日に着くようにして投函しました。
結果、
喪中はがきを出したことで到着時に特に周りから何か言われることなく、
年賀状も届かなかったので、心の安定を保つことができました。
前の私だったら無理して、周りの目を気にして周囲に合わせたり、元気でいるふりをしてしまっていましたが今回ばかりは無理で、
でもそんな自分も自分なんだし、その感情のまま自分があっていいのだなと感じられる機会にもなりました。
翼くんのことを通して、
自分の感情を押し潰しながら生きていくことの窮屈さから抜け出せれたように感じます。
これもまた翼くんがもたらしてくれたギフトなのだと感じると、本当に大きな愛を持って、伝えたいことを届けに来てくれたのだなと涙が溢れます。
翼くん元気ですか???